節約を意識し始めた我が家。
生活がガラッと変わり、結果として家庭の雰囲気が最悪になり、夫婦喧嘩ばかりするようになってしまいました。
原因はすべて私です。
節約を意識するあまり、お金が減っていく不安から、お金にうるさくなってしまいました。
また家計が赤字だったことから、仕方がないとはいえ、心のよりどころであった愛車を売ったことで投げやりだったのも大きかったです。
加えて、私の趣味であるジムもやめることが決定しているので、優先度1位であった愛車もジムもなくしてしまった自分にとっては、もう何もかもどうでもよくなってしまいました。
夫は休日にスーパー銭湯に行きたい、動物園にいきたい、外食に行きたい等提案してきました。
以前の私でしたら喜んで行っていました。
でも現在はそんなこともいちいちお金がかかると思って無駄遣いと思ってしまう。
「無駄だよ。家にお風呂もあるし、動物を見たところで何の意味があるのか。外食だって家で食べたほうが安上がり。」
と言ってしまいました。
湯船につかりたいなら入浴剤を入れて家のお風呂に入れば安上がりで、動物だってわざわざ人ごみに行かずに無料でYouTubeを見ればいいだけの話だと。
でもそれらは夫にとっては仕事が休みの日の最高の気分転換だったようです。
私はそんな主人にとって優先度の高い余暇の過ごし方を「無駄遣い」として切り捨てていました。
それに、私は愛車を手放したし、ジムもやめることにしたし、こんなにも身を切っているのに、なぜ貴方はそんな無駄遣いをするのかという、そんな意地の悪い気持ちもありました。
こんなに自分は苦しい思いをして大切なものを手放したのに、なぜ貴方はのんきにそんな無駄遣いをするのかと。
でもそうやって私にとっての「無駄」を徹底的に排除することは、非常に冷え切った家庭を招きました。
土日は夫との会話も、顔を合わせることもなく、各自のスマホでYouTubeを見るだけ。
私は常にお金がすり減ることにイライラしていて、夫はいら立つ私を見てストレスを感じ、さらに行きたいところにも行けないことで不満を募らせていました。
食事も夫の分は作りますが、少しだけでも節約したくて私は夫と違うものをつくり、おなかがすいた時に少しずつ食べていたため、食事も別。
ほとんど顔を合わせず、食事も別で、口を開けばお金の話。
もうもはや何で結婚して同じ家に住んでいるのかわからなくなってしまいました。
私は極端な人間です。
お金がないなら、お金をできるだけ使ってはいけない。
そう思うと、何をするにしても頭から『お金』という言葉が付きまといます。
田舎のため、スーパーも車で行かないといけない。つまりはガソリン代がかかる。
暗いから電気をつけたい。でも電気代がかかるから間接照明で済まそう。
寒いからシャワーの温度を上げたい。でもガス代高くなるから我慢しないと。
けどどうしたって、おなかがすいたら食事はとってしまう。
生きているってこんなにもお金がかかるのか。
そうと思うと、もはや生きているのが過ちではないかと思えてきます。
生きていなければもっとお金が貯まるのにと。
でもきっと節約ってそういうことではないんでしょうね。
世の中の人の多くはそのバランス感覚があるんでしょうが、私にはそれがなかなかできない。
頭では理解しているつもりなのに、どうしても極端な方向に思考が引っ張られてしまう。
難しいです。
どんどん自らの手で夫との関係を壊ししてしまう感覚。
ダメだとわかっていても、お金のことを考えないようにしようと思っても、どうしてもこだわってしまう。
夫の一挙手一投足、「無駄」を見つけては全てにケチをつけてしまう。
夫婦げんかだらけで常に険悪で、もうどんな会話を夫としたらいいのかわからない。
とりあえず夫と同じ食卓を囲んで、料理の感想を話すという非常に初歩的なところから始めてみようかなという感じです。
食材買い出しの時に節約していれば、夜普通に電気をつけたって、温かいと思えるシャワー温度にしたって、大騒ぎするほど大きな無駄遣いではないことも。
少々スーパー銭湯だの、水族館だの、動物園に行ったところで、そりゃ行かないほうがお金は貯まるでしょうが、そういうお出かけをすることで会話や新しい体験が増えてより夫と楽しい時間が過ごせることも。
わかっちゃいてもやっぱり出ていくお金が気になってしまう。
お金のことはスーパーの中以外では忘れて生活できるように、切り替えができるようにですね……。